読書の「道しるべ」としての「書評」
これまでの読書経験を通して、わたしは、「この本は面白い」と常に本を教え続けてくれた何人かの先生に出会ってきました。
わたしたちは活字の世界でも、こうした読書の案内人に出会うことができます。いわゆる「書評」という本の紹介を「道しるべ」とした、本との出会いです。
書評を読むときは、誰がその書物を薦めているのか、どんなひとがその本を選んでいるかに注目してください。そして、あなたがその書評者の「この本は面白い」ということばに賛同し、その本を読みたくなるような、よい書評との出会いを何回か経験し、読む本をそのひとに教わり続けてきた、という実感をもつことができれば、そのひとは、もう、あなたの読書案内人なのです。このようにして、あなた自身の案内人を見つけだしてください。図書館では、書評を集めた本を数多く所蔵しています。まずは、実際に書評集を手にとってみましょう。
また、新聞や雑誌には、「2010年この3冊」(毎日新聞)、「書評委員お薦め 今年の3点」(朝日新聞)といった、いくつものアンケートが掲載されていますが、このアンケートにも注目しましょう。特にお薦めは、わたしが毎回楽しみにしている「みすず読書アンケート特集」です。みすず書房刊行の小冊子『みすず』は、毎年1/2月の合併号で、研究者や著述家など各界の150名近くが、1年間に読んだ書物のうち、とくに興味を感じたものを5点以内挙げて、コメント付きで紹介する記事を書いています。我らが冨原眞弓先生は、ここ10年ほどの常連の回答者ですが、冨原先生はじめ、わたしが毎年注目している書き手が30名ほどいます。彼らは、わたしにとっての「書物についての積極的な読書案内人」(哲学者鶴見俊輔のことば)です。
さて、今回の読書アンケート特集でもさまざまな書物が挙げられていますが、幾人かがとりあげていた本に、山田稔の著書『マビヨン通りの店』(編集工房ノア2010年10月刊)があります。この本については、朝日新聞の読書欄「著者に会いたい」(2010年11月7日)や、作家堀江敏幸が毎日新聞の書評欄「今週の本棚」(2011年1月30日)とNHKハイビジョンの「週刊・ブックレビュー」で書評していましたが、ここで改めてその内容を紹介します。
著者自身が書いているように、収録された十三編のエッセーは、気になる文学者の作品を読み返したくなったときに、その人物について「何か大切なことがかかれていた」本を思いだし、そのエピソードを明らかにする仕掛けとなっています。この本自体が一種の書評とも言えるでしょうか。例えば、7頁たらずの小篇「ニーノさんのこと」は、京都大学のイタリア語教師だったジョヴァンニ・ペテルノッリ氏、通称ニーノさんについての人物回想録です。ニーノさんは、この正月のNKHハイビジョンの再放送「井上ひさしのボローニャ日記」(『ボローニャ紀行』として後に刊行)にも登場した印象的な人物でした。著者の話題は、京都時代のニーノさんのエピソードから、大原富枝の短編集『メノッキオ』に描かれたニーノさん像に移ります。
そこで、著者の語り口に興味をもって、今度は大原富枝の『メノッキオ』を実際に読んでみます。すると、大原の文章は、ボローニャでのニーノさん親子との邂逅の回想から、ボローニャ大学の歴史教師カルロ・ギンズブルグとカルロの母でイタリア文学者のナタリア・ギンズブルグの人物像と著作の紹介になります。カルロ・ギンズブルグの『チーズとうじ虫』は、十六世紀に異端裁判にかけられ火炙りの刑にされて死んだ粉挽屋ドメニコ・スカンディッラ(通称メノッキオ)という男の話です。ナタリア・ギンズブルグの『ある家族の会話』は、反ファッショ運動に投じた北イタリアのユダヤ人知識人たち家族の物語です。
このように、次から次へと「この本は面白い」の紹介の連鎖が続きます。
さあ、あなたも、「みすず読書アンケート特集」で、これは面白そうだ!という本をみつけてください。そして、図書館で探して、読んでください。
注)「みすず読書アンケート特集」は、1965年から続く企画で、そのうち1980年から1986年までの7年間のアンケート結果が、『読書の現在』(みすず書房1988年4月刊)という1冊の本になっています。
ちなみに、冨原先生は、雑誌『考える人』(No.35 2011年冬号)の「特集紀行文学を読もう」のなかでも、「私の好きな旅の本ベスト3」のアンケートに答えています。
2011年4月1日